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「 小説(オリジナル) 」
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 間がすっかり空いてしまって申し訳ありませんでした。気付けば10月に変わってしまいました。あわわ。

【小説に作法はいらない】

・つい先日、ライトノベルの作法を記載している某サイトを覗いて愕然とした。個人的に、小説を書くのに自信を失くしており、やはり勉強するしかないのかと藁にも縋る思いだったのかは別として、その例のサイトを覗き見したのだ。多数あるコンテンツの中で、ふと「これだけはやってはいけない」という題目のページを閲覧。其処には「天使や悪魔を登場させないほうが無難」と書かれていた。理由としてはいまさらどう捻ったってステレオタイプで陳腐な作品にしか出来ないとのこと。何じゃそれ。意味分からん。そこを何とかステレオタイプではない斬新な作品に仕上げるのが作家たるものじゃないのか。あまりにも主観過ぎる断言にブチギレ。速攻、プラウザの戻るボタン連打。そして決心。

・次回のオリジナル作は可愛らしい天使が主人公の小説を書こうと思った。絶対に書き上げてやる。そして、私は二度と小説の勉強をしない。結局、「こういう小説を書くと面白い」という意見をするのはやはり人それぞれなのだ。受け止め方も然り。……馬鹿みたいだ。「ATOM」が酷評されて、気が滅入っていた私。何とか打開策を見つけようとしていた私。や~めた。今更、媚を売ってどうする。私は私の書き方がある。

・よっしゃ、吹っ切れた。くっだらない作法に揺さぶられて何が面白い。久しぶりに、「自分のアイディアを信じてみよう」という結論に至る。というわけで、現在は二次創作の「鬼がいる!」の続きを構想しているところですが、それと並行して前述通り、可愛い可愛い天使ちゃんを主人公に添えたオリジナルを一本、年内に完成させようと思います。ストーリーも大体決まっています。タイトルもね。タイトルは「グッド・ニュース」。鋭意構想中。頑張ります。

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 コラスペ終了。批評会から数日経って、落ち着いて振り返ってみると、本音、去年と比べてすっかり身内色になってしまったのだなぁと驚く。恒例の大賞選出も、その批評会の中で作者一同が一斉に自分の気に入った作品を指名し、多数決方式。「お祭り」なのだから、大丈夫だけれど、折角のコラスペ。参加者以外の投票も掲示板で募っても良かったのじゃない? と首を捻る。が、コラスペ自体は賞云々ではなく個々のスキルアップを目的とした「しばき合い」みたいなもの(良い意味で)なので、何だかんだコレで良いのだと納得。納得したらば、後日、私の個人的な感想をまた投稿したいと思う。そういう機会ならば、私は歯に衣着せない。容赦はしないと思う。チャットではすっかり緊張して上手く自分の意見を即興で言えなかったが、読み返せば読み返すほどに、言いたい事は山ほどあることに気付く。

***

 とりあえず「ATOM」はお蔵入り。修正も大幅にして、サイトに掲載しようと思ったがやめた。幾ら時間に追われて無理矢理な形になってしまおうと、私自身納得して結論した作品。修正してもそれ以上の作品に仕上げようとしても「ああでもない、こうでもない」と堂々巡りになるだけ。混乱するだけ。だから私は「ATOM」は完成品の上で「お蔵入り」にすることにした。残念。

***

 ところで、私の小説はよく「分かりにくい」と言われる。今回のコラスペの批評会でも主催のみすたンさん曰く「分からない。ゆえに、悪いところでさえ見つけられない」。考えてみればそりゃそうである。私はあまり登場人物の心理描写を地の文に表していないからである。無論、わざとだ。例えば、説明するにしても登場人物の表情や行動のみで物語を進めてしまうので、内情を紐解こうにも出来ない。だから「分かりにくい」。
 私は小説書きではない。ただの映画好きの端くれだ。今は週末、映画を観れればそれで幸せである。自分が文才でもないことは分かりきっていること。だから小説に真剣に取り組もうとも思わないし、躍起になっていた文学賞応募もすっかり萎えてしまった。だけれど、時折ふっと頭をよぎる妄想をどうしても具現化せねばどうしようもない衝動に駆られる。それを実現させる手段として小説を選んでいるだけなのである。本当にただそれだけなので、普段から小説は買わないしあまり読むことも無い。わざわざ著作物からインスパイアされようなどとは思わない。

「そんな考えなのだから、分かりにくいと思われているのではないか」と蔑まれようとも、私は一向に構わない。むしろ「もっともっと、混乱して頭くらい痛くなってしまえ」と刃向かう。不可解小説でも構わない。良いじゃないかと開き直ってもいい。主人公の心情を、行動や本人が見る情景に代弁させて、ただその繰り返しで物語を進ませて何がいけないのか。だったら、全部を全部、心情を胸の内に吐露させればいいのか。それが所謂、小説的というものか? 私は嫌だ。絶対に書かない、というか書けない。

***

 こうなったら、「分からない。分からないから、無理矢理にでも分かるまで骨の髄までシャブってやる」と読者を乗せるような作品を書きたい。書いてみせたい。読了した人それぞれが、違う感想を持つような作品を書きたい。

 でも、真剣には書かない。「書いてやる」と意気込んでも、思い過ぎてはいけない。思いすぎては「不可解」で何とか持ちこたえているものがさらに瓦解する。私は私のペースで、しかし、固く決心した本心は絶やすことなく、さて明日も仕事を頑張ろう。話はそれから。次回作はパワプロ二次でお目に掛かりましょう。とにかく、今年は二次三昧だ。おやすみなさい。

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 1年ぶりの新作、「ATOM」が完成しました。この短篇は毎年夏に開催される、the back of beyond様(http://thebackofbeyond.web.fc2.com/index.html)主催、「コラボレートスペシャル」第5回大会に出品させて頂きました。

 といっても、この作品の出来は正直、ここ数作の中で一番出来の悪い秀作ならぬ、醜作となってしまいました。締め切りを過ぎ、まだ完成していない作品でしたが、チャットに乱入し、主催者の一人、みすたンさんに藁にもすがる思いで「締め切りを延ばしてください」と頭を下げ、ご容赦くださいました。結果として、締め切り3時間後の9月1日午前3時ごろに完成。彼には御礼を申し上げると共に、自分でさえ未だに読み返す勇気の湧かない作品を投稿してしまったことに恥じらいを感じる次第。深く猛省。下手したら、この小説は当サイトにはアップしないかもです。本当に酷い。……が、明日(今日、深夜頃か)は批評会。ボロクソ覚悟で参加することにします。

 これからはラミさんとこの掲示板で長らく放置している「鬼がいる!」の続きを書き進め、年内に終わりが見えてくればいいなぁと期待。そして、新たに中篇小説「きしむ」(仮題)の執筆にも取り掛かろうとも思います。同じく二次。猪狩兄弟の話。頑張るぞぉい。

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  小説を書く上で最も難しい部分は、地の文ではなく紛れも無く「台詞」であると思うのですよ。地の文は正直、とても書き易いのではないだろうか。何故なら、一人称ならその登場人物の主観を丸々書けることが出来るから。今の状況や、不安に揺らぐ本音を示す心理状態や、それからの思惑。地の文はとても幅がある。自分の気持ちなんて隠さなくて良いのだからね。しかし、台詞となるとある程度の本音とかの気持ちは殺さなくては駄目なのだ。駄目なんです。しかし、人間は不思議な生き物でして、本人では隠している本音が台詞を通じて、相手にいつの間にか裏腹を読まれてしまう。隠している本音をチラチラと垣間見ることが出来る、そのスレスレの描写が「台詞」には求められるのではないかと。だから、今何かと話題に上がる台本小説は、恐らく小説を書く上で最も難しい類なのです、実は。だって、普通の小説とは立場が逆転してますからね。感情の核となる地の文は少なく、そうではない台詞が主体となるのだから。台本小説は面白みに欠ける、台本小説は小説として成さないと捉える人については、「ほう、じゃあ貴方の描く台詞は絶品なのですね。地の文もましてや台詞も完璧なんですね」と皮肉たっぷりに拝み倒してしまいたいのです。以前、森鴎外ファンの母に「台本小説という、台詞で構成されている小説についてどう思うか?」と尋ねたが、やはり母も「小説の中で一番難しい」との見解を示す。しかし、それでも「台詞小説は手抜き」と見解する方は少なくないです。そして「台詞小説は高等技術」と主張する方は意外と少ない。

 でも「台詞小説は手抜き」という考えが広がっているにはそれなりの理由があると思うのです。最大の理由として、その類を書いている人間が「まだ小説を書き始めて間もない」というのが“圧倒的”に多いから、だと感じます。私みたいな小説を手にしたことなどない野郎が、いざ小説に挑戦するとなると、どうしても地の文が考えられない、そもそも地の文と台詞の構成が分からない故に、必然的に台詞が多い小説が出来上がってしまうものです。そして肝心の台詞自体も軽い。高等技術なのに、初心者が書くと一変して下等技術に捉えられてしまう。それが私の理由だと思うことです。ましてや、パソコンがあれば、なくても紙とペンさえあれば誰でも創作出来るのが小説です。漫画にはない気軽さというものが小説執筆の魅力と思ってやまない私がいます。でも、その気軽さ故に楽しく踏み込んだ第一歩で「台詞が殆どの小説なんて…」と言われてしまうのは余りに悲しい。台詞は小説の上で基本だと思う。登場人物が台詞を言う、その言葉を他の人物が理解、または了承して物語の事態は動いていくものです。無理して増やした地の文だけでは物事は進んでいきません。「台詞」を馬鹿にしないで欲しい。懸命に台詞を考えて、書いて、そして創作する喜びを初めて知った方々をあざ笑わないで欲しい。


 小説の世界も現実も「無言では成り立たない」のですよ。

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 私は今、二つの短編集に取り掛かり、創作としては充実した時間を設けているようにはしている。二次創作はまぁ、ある程度プロットが固まっているわけで、あとは誤魔化し誤魔化しで(何)文章を整えるべく、ウンウン唸るだけで良いのですが、問題はオリジナルのほう。いや、こちらも大体プロットが組まれている(実際、一作品は完成に近づいている)のだが、問題はある。それは一本目と四本目に収録予定の「シガレット大通り」とトリとなる「Sugar Spot」。先に述べた通り、これは所謂、怪盗モノである。もう既に、私の周りで知る限りこの手の作品は、数多く出回っている。例を挙げれば、ガンクさんの「Art Hart Stealer」が真っ先に挙げられる。さらに私のサイトの投稿小説コンテンツには、しんへいさんの傑作短編「キリシェとシェリア」シリーズ(仮題)。さらにさらにFourRamiさんの「SEA☆SKY★STAR RETAKE」と、三本もある。もうこの三本で怪盗モノの鉄板(魅力とか面白さ)は出尽くしてしまっているような気がして、私なんかが遅れた様に「じゃあ私もその類書いちゃうぞ」なんて、気合入れて袖を捲り上げても、一言「新鮮味に欠ける」と片付けられそう。しかし。私は敢えて、この地雷地帯に足を踏み入れたいと思う。こんな私にだって、腐ってもアイディアはある……と思う(泣)。

 要は何を言いたいのかというと、頑張って筆を進めれば進めるほど、この御三方の作品に周りをぐるぅっと囲まれ、腕組みされて睨まれているような錯覚に陥って、中々思うようにいかないのだ。どのような作品になるか分かりません。前途多難、戦々恐々。「後ろから追いかける」辛さを改めて実感中。ぬ~ん。

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