※以下の内容は映画「ゆれる」の結末に触れています。ご容赦ください。
・先日、西川美和の「ゆれる」(2006)を観た。名古屋のキノシタホールでリバイバル上映。スクリーンで拝めて、本当に嬉しい。実は、西川美和の作品は、今年の上半期第1位に選出した「ディア・ドクター」以外観ていない。恥ずかしながら、06年の邦画界を驚愕の渦に巻き込んだ傑作をようやく。「香川照之は神」と称えられた理由が、否応無しにはっきり分かった。香川さんは神だ。鬼だ。彼は心底より、オダギリジョーの兄貴を演じ、心底より、オダギリジョーという弟を突き放した。もっと早くこの作品を観ておくべきだった。したらば、香川照之に対する羨望にも似た、尊敬の眼差しは増幅したのだと思う。
・兄弟って、結構互いの優劣は気にするもんやね。この映画の場合、兄貴は「女性を吊橋から渓谷に突き落とした」疑いを掛けられて、一気に弟に対する本音をぶちまけ、自ら保守的な地元に留まっていることへの鬱憤や憂いが爆発する。嫌だねぇ、普段は口当たりの良いオブラートで包み隠すというのは。
・私はパワプロは好きだが、猪狩兄弟は大嫌いだ。今となっては丸くなっているが、兄貴の守は弟の進を可愛がっているようで、実はそのベクトルは進の思う方向とは真逆だ。進は、性格的に完璧すぎる。あんなクソ兄貴についていこうとする気がしれない。だからこそ、パワ7では神童に追従したのだろうけど、あれくらいの反発で気が済んだのだろうか。結局、パワ10ではカイザースに移籍してるし。(その後、再び嫁を追って自由の国へ飛び立ったのだが)。もっと彼には、兄貴の存在を真っ向から否定するくらいの鬱憤がたまっていてもおかしくない。だが、それは私の価値基準であり、他の人から見れば「いや、そこまで」と踏みとどまるのかもしれない。それでも私は、猪狩兄弟の甘ったるい顛末が嫌いだ。だからこそ、パワではない、パワポケ7の猪狩進に深入りしてしまう。彼は、選手生命を絶たれ(野球マスクの一件で)、スポーツ・ドクターとして食っているという設定だ。主人公が「あの猪狩守の弟の……!」というと、進は何も言わずただ歯軋りをするのみ。間違いなく、兄貴を憎んでいた。後のイベントで、甲子園に行けなくなったと嘆く主人公を殴りつけながら
、「人生は失うことの連続だ!」と言い放つシーンは感動的だ。我が人生の座右の銘にしたいくらいの名言だ。彼は、肉的に野球の出来る体では無くなったことだけを自らに当てはめ、前述の名言を言い放ったのではない。進は、兄貴の存在も捨てたのだ。兄貴が「お前と一緒に野球に関わりたい」と嘆いても、弟である彼は容赦なく突き放したのだ。
・まるで、「ゆれる」において、香川が「俺が人を殺した疑いを明らかにしようとしない。それが俺の弟である、お前だよ」と面会室でオダギリジョーを突き放した台詞のようだ。お前は殺人犯を兄貴として持ちたくないんだよ、と懸命に弁護に励む弟をこれでもかこれでもかと蔑む。守と自らを切り離し、スポーツドクターに甘んじた猪狩進の顛末も思わず凄むべきものだったのだろうか。もしかすると反動ついでに、父親の茂からも勘当されたのかもしれない(それ以前に野球マスクになった時点で……)。ここまでくると、妄想の域だが、何時だって本音を吐露してしまった者の末路はあまりにも酷い。寸先が出てしまえば、あとは嘔吐する感覚だ。ゴボゴボと惰性に任せ、吐き出すしかないのもかもしれない。後先、周りの人間の思惑も一切合財無視をしてでも。
・ポケ7のイベントで強い印象を残した進のその後は、結局知る由も無いけれど。兄や父とも和解したとは思えない。彼は、スター選手として活躍する兄の立つ表舞台ではなく、どこぞの球団、球場のベンチ裏、ひっそりと負傷した選手が運ばれてくるのをじっと待ち続けるという立場は、きっと変わらない。
・「ゆれる」の弟、オダギリは兄貴に突き放され、弁護の意義を完全に見出せなくなった彼は、法廷で真実という名の嘘をついてしまう。兄である香川は、実刑を受ける。7年後、オダギリは偶然発見した、昔のフィルムを回す。幼い二人、仲良く手を取り合って例の吊橋を渡る映像。溢れ出る涙を拭えず、全てを悔い改め、大慌てで出所してくる兄貴を迎えに走る弟。兄の連絡先も行き先も分からない。中々見つからず奔走する弟は、ついに反対歩道をトボトボ歩く兄に出くわす。「にいちゃーーん!」と叫ぶも、車の走る音が虚しく掻き消す。ふと、兄が後ろをチラチラ振り返りながら、走り出した。バスが来る。兄はバス停に向かって走り出したのだ。「街」を出て行くのだろうか。誰も知らない場所へ。弟は必死に叫び、共に走る。バスはすぐそこまで来ていた。
「にいちゃーーーん! にいちゃーーーん! ウチに帰ろうよぉ!!」
ついに兄は弟の叫びに気付いた。キャメラは兄である香川の表情を捉える。弟を見据える兄の顔は、段々と悲しみなのか喜びなのか、よく分からない不器用な笑みを浮かべる。その瞬間、目の前をバスが横切る。
・そして映画はエンドロールを迎えた。
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